「行け!!」
『影』の号令と共に影の軍勢の一部が王国に侵入、次から次へと降り注ぐ剣の豪雨をものともせず、王国の主である士郎を滅ぼさんと迫り来る。
「舐めるな!!猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)!」
士郎もそれに対抗するようにヴァジュラの真名を発動、侵攻してきた敵を残さずぶちのめし、その余勢を駆って、剣の軍団は帝国に侵攻する。
そこへ待ち構えていたのは影の軍勢の中でも精鋭中の精鋭である英霊部隊。
「防げ」
『影』の号令と共に展開、次から次へと襲来する剣を退けていく。
「・・・」
「・・・」
やがてそれが終わると互いに互いを見やり、いつでも次の攻勢に出れる準備は整っている。
もはや何度目の侵攻と撃退だろうか。
何度も繰り返したが未だに決め手はなく、『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)』も『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』は互いに健在、尚且つその規模は互角。
士郎も『影』もかすり傷一つ負う事無く、互いを見やっていた。
一方、玉座の間の志貴と『六王権』はと言えば、こちらは無音。
互いに互いを見やり身じろぎ一つすらしない。
しかし、玉座の間を覆うその殺気は濃密。
力なき生命は入っただけで命を奪われるほど。
その決着はまだ見えない。
五十七『乱戦』
所は変わってモスクワ。
ここの戦況はもはや『六王権』軍に覆せれないほどの被害を被っていた。
何しろ魔法使いを二人擁し、おまけにその内の一人は破壊することに関しては当代随一の人間ミサイルランチャー、最近では宇宙戦艦と言う称号まで賜った青子の存在が大きい。
たった一人で『マモン』撃破数の四割を占めているのだから。
この被害に 耐えかねたのだろう、突然『マモン』が後退をはじめ、それに入れ替わるように一台の『マモン』が進み出る。
「やってくれましたわね『ミス・ブルー』・・・」
それは悪趣味なほどの極彩色に彩られた『マモン』。
そこには悪趣味なほどゴテゴテの装飾のついた椅子に腰掛けた死徒二十七祖第十五位リタ・ロズィーアンの姿。
「ん?何や、側近の連中やないんか?」
「ふん、エミリヤ様達は別の都市の攻略に向っておりますわ。ここなど私一人で十分」
「ほう、よく言った。これだけの戦力を見てそのような台詞を吐けるとは」
リタの大言壮語と言っても差し支えない台詞を聞き不敵に笑うゼルレッチ。
嘲ると言うよりもリタにそれだけの気概がある事への賞賛だった。
「ふふふ、私が戦場に出るなどありえませんでしたが、全ては『六王権』陛下の御為に、そして我が愛しのエミリヤ様の為に・・・モスクワを落とし、あなた方を地獄へと叩き落して差し上げましょう・・・私の能力全てを賭して!」
同時刻、パリ。
次々と爆音が轟きその度に『マモン』は死者諸共爆砕される。
パリの戦況はモスクワに次いで人類側の優勢に傾いていた。
正確に言えばモスクワが他より突出してパリ、セビーリャ、イスタンブールはほぼ同じ、ロンドンがやや劣勢に近いと言った情勢であるが。
上空から凛のカレイドアローによる魔力弾のつるべ撃ちを始めとする国連軍空軍の空襲で『マモン』は次々と行動不能ないし大破に追い込まれ、徒歩での移動を余儀なくされた『六王権』軍の死者に地上部隊が襲撃を仕掛けて掃討していく。
当然の話だが、先陣を切るのはアルトリアを始めとする英霊達。
背後からはバルトメロイ率いる『クロンの大隊』とルヴィア、カレンが両翼を固め微塵の隙もない。
勿論別の戦線でもフリーランス部隊と国連部隊が連携して速度は劣るが確実に撃破を重ねている。
更に後方からはイリヤ、桜を始めとした後方支援部隊が隙を見せる事もなく支援攻撃を間断なく撃ち続ける。
その威力はすさまじく『六王権』軍も全滅かと思われた時、上空の凛に目掛けて人影が襲撃を仕掛ける。
凛も油断していたのか突然の奇襲だったのか咄嗟の反応が出来ない。
「凛!!」
それにいち早く気付いたエミヤが疾風の如く、凛の前に立ち塞がり手の『干将』・『莫耶』を交差させてその攻撃を防ぐ。
「アーチャー!こんのぉ!!」
ようやく我に帰った凛がその敵に目掛けてカレイドアローの魔力弾を叩き込む。
有機物である以上直接のダメージは皆無だが至近距離で受けた以上当然だが吹っ飛ばされる。
それに追撃を仕掛けるとばかりに銃弾や砲弾、魔力弾、魔術が襲い掛かる。
だが、それもこれまた突然現れた水の壁に阻まれ一発も届く事はない。
その敵襲は空中で大勢を整え直し、『マモン』から『マモン』に飛び乗りやがて一台の『マモン』に着地する。
「あなた!お怪我は」
「心配するなメリッサ。吹っ飛ばされただけだ」
そう言うのは『地師』と『水師』の夫婦。
主君『六王権』の命を受けてパリ攻略部隊総司令官を『地師』が副指令に『水師』がそれぞれ任命されていた。
「あれを排除できればよかったがそうも上手くは行かぬか・・・どちらにしろ、あれをどうにかせねばこちらの全滅は自明の理・・・良し、前方の敵主力部隊は俺とメリッサで抑える、残り全部隊は別方向よりパリを目指せ」
その命令が伝わったのか『六王権』軍はアルトリア達を避けるように左右に別れパリ目指して進軍を続行する。
「待ちなさい!逃がすと」
「申し訳ありません逃がします」
咄嗟に分かれた『六王権』軍の追撃に向おうとするがそれを『水師』が迎撃。
顕現した『ウンディーネ』の手より迸る水弾がその行く手を阻む。
「此処より先好き勝手はさせません」
「我々がお前たちを止める」
「どうやら敵は正真正銘総力戦のようですね。まさか側近を此処に派遣するとは思いませんでした」
台詞だけは驚いたように、しかし、口調や表情は驚きの欠片も見せる事無くバルトメロイが鞭を構える。
それを合図としたようにアルトリア達も武器を構える。
それに対抗するように『地師』・『水師』共に幻獣王を顕現させ戦闘態勢を取る。
「おおおおお!!」
「はあああああ!!」
ヘラクレス、アルトリアが突進してくるのを『タイタン』の力を供給されたのか全身をヘラクレス並に膨張させた『地師』が受け止めた。
更にセビーリャでは、
「おおおおりゃあああああ!!蹂躙せよ!分断せ・・・?!」
最前線で『六王権』軍のかく乱と分断を担っていたイスカンダルが不意に気付いた。
自分を狙う今までとは桁違いの殺気を。
それは完全に正しく、丁度真上の上空から
「いい加減に・・・しやがれ!」
突然襲撃を仕掛けられた。
「うおっ!!神の仔よ全速力じゃ!」
ほぼ同時にイスカンダルの号令を受けて『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』を牽く神牛が速度を上げた事でどうにか襲撃を回避する。
「逃がすかってんだ!!」
そう悪態をつき追撃を試みるがそれを
「させてたまるかよ!!」
敵襲に気付いたセタンタが逆に撃墜する。
「ぐっ!」
思わぬ奇襲だったのかしたたかにダメージを受けて体勢を崩しながらも着地する『風師』。
「深追いしすぎだユンゲルス」
そんな『風師』を守るように立ち塞がった炎の鎧に身を包んだ『炎師』が『風師』をたしなめる。
「悪い悪い、久方ぶりの戦闘だったんでな」
そう言って『風師』もまた全身に風を纏わり付かせる。
「まあ仕方ないか・・・根っからの喧嘩狂いのお前がこれだけの喧嘩相手を見つけてじっとしている筈も・・・ないかっ!」
そう言って片腕を跳ね上げてディルムッドの槍を受け止める『炎師』。
しかし、受けた槍は『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』。
魔力で編まれた炎を無力化し『炎師』の腕に槍は突き刺さる。
しかし、それも予期していたのか、自らの腕に力を込めて筋肉を収縮させ槍を固定させる。
「!!」
そのままディルムッドのどてっぱら目掛けて拳を叩き込もうとするがそれを
「させる筈なかろうが!」
背後からイスカンダルの『神威の車輪(ゴルティアス・ホイール)』が突っ込む。
「!!うがっ」
予期せぬ奇襲を受けて跳ね飛ばされてその拍子に筋肉が緩み抜けなくなった槍も引き抜かれる。
そこへひき潰そうと突進するが『炎師』を咄嗟に『風師』が回収、離脱する。
「ぐうう・・・世話をかけた」
「気にすんな」
向こうでもディルムッド、セタンタ、イスカンダルが合流する。
「済まぬ征服王、助けられた」
「なあに、余の将来の臣下を助けるのに理由等入るまい」
そんな軽口を叩きながらもその視線は『炎師』、『風師』に向けられたまま。
「ははっ英霊三体を筆頭に腕の立ちそうな奴がごろごろ・・・いいぜ、いいぜ。気分良く喧嘩出来そうだ」
久しぶりの戦闘に心躍らせながら『風師』は拳を鳴らし、
「付き合おう、俺も偶には後先考える事無く暴れるのも悪くはない」
不敵な笑みを浮かべながら『風師』と並ぶ『炎師』。
「側近が二人きやがったか・・・まあいいか、こっちも全力の戦闘に飢えてるんだ。その飢え、此処で解消してやるぜ!!」
セタンタの咆哮じみた宣言と共にディルムッドも双槍を構え同時に戦闘が開始された。
場所を変えてイスタンブール。
此処ではアルクェイド達の猛攻が始まって直ぐに戦況が変わろうとしていた。
始まりは突然、上空に見るも神々しい大天使が現れた事だった。
「おい!見ろあれを!」
「天使だ・・・」
「神の使者だ!神は我々を見捨てなかったのだ!!邪悪なる『六王権』軍に鉄槌を下すべく現れたのだ!」
その天使を前に国連軍、特にキリスト教信者は感激のあまり涙を流して神に祈りを捧げる。
だがら、次の天使の行動を信じる事ができなかった。
天使・・・幻獣王ミカエルの放たれる光は弾丸となり、人類側を攻撃する。
わざとなのか命中精度が良くないのか実害は皆無だったが精神的ダメージは桁違いだった。
「そ、そんな・・・」
「か、神よ!何故です何故なのですか!貴方の忠実なる僕である我々に何故!!」
先ほどとは別の意味で攻撃を忘れ呆然として攻撃する事も忘れる。
「何をしている!あれも敵だ!撃て撃て!」
そんな中ようやく忘我から抜け出した一部が攻撃を再開する。
だが、当然だがミカエルに通常の攻撃等効くはずもなく届かなかったり、ぎりぎり届いてもなにかに操られたように爆発する。そんな折誰かの声が戦場に更なる混乱をもたらした。
「おい、天使の隣にも何かいるぞ」
「え?ほ、本当だあれは・・・堕天使??」
その言葉は正しくミカエルの発する光に紛れていたがミカエルの隣に翼も黒く、闇に覆われた堕天使が鎮座している。
「あああああ・・・そ、そんな・・・何ゆえ神の使者が魔に墜ちた天使と・・・」
「神は我らを見捨てたもうたのか・・・」
絶望に打ちひしがれるが、状況の変化は突然だった。
何の前触れもなく天使と堕天使が同時に消え失せた。
その原因を知るのは最前線のアルクェイド・アルトルージュだけだった。
「ずいぶんとえげつない攻撃するわねあんた達」
「全くね。本当性格悪いわね」
そういう吸血姫姉妹と対峙するのは『六師』長『闇師』そして『光師』。
「別に何もしてないわよ私達。ただ、『ルシファー』と『光師』の『ガブリエル』を出しただけ。それを人間共が勝手に勘違いしただけよ」
「でも面白かったねー姉ちゃん、僕の『ガブリエル』を見て勝手に神の使者だって騒いで、適当に攻撃したらそれだけでこの世の終わりみたいな顔で膝を突いてさ、本当傑作だよ。もうちょっと見ていたかったのに」
そんな弾劾の声に『闇師』しれっとした表情で、『光師』はいたずら小僧のような屈託のない笑顔で言い返す。
「私たちの相手は真祖と死徒の姫君か・・・重労働ね『光師』本気でやらないと死ぬわよ」
「わかってるよ姉ちゃん。僕もそこまで能天気じゃないし」
そう言って再び幻獣王を解放、表情も変えてアルクェイド達と対峙する。
「向こうも本気ねアルクちゃん、私たちも全開で行くわよ」
「勿論よ姉さん。まだ志貴に一杯愛してもらわないといけないんだから」
「私だって気持ちは同じよ。さあ行きましょう」
二人共押さえ込んでいた力を解放、同時にここでも戦闘が始まった。
『闇千年城』、モスクワ、パリ、セビーリャ、イスタンブール、そしてロンドンと『六王権』軍との死闘が始まっているが実は第七の戦場が存在していた。
その舞台はイギリスとフランスを隔てるイギリス海峡、その中でも最も狭いドーヴァー海峡まで西に約二百キロの海上だった。
今その海峡を突き進む船団がある。一見するとそれはただの輸送船団に見えるが一隻一隻に満載されているのは死者。
『六王権』軍海軍の全戦力だった。
その先頭に進む船には海軍総司令であるスミレが乗っていた。
「いっそげーいっそげー、ドーヴァーに着いたらぁ〜全軍を上陸させてぇ〜ロンドンを占領するよぉ〜」
やや時間は遅れてはいるがそれでも予定の範囲内。
船団は一路ドーヴァー目指し突き進む。
だが、突然その内の一隻が爆発、そのまま轟沈した。
「???何がぁ〜起こったのぉ〜」
突然の事にスミレは表面上のらりくらりとした口調だったが、その眼光は周囲を見渡す。
と、その視界の隅に一筋の流星を捕えた。
「全艦散会ぃ〜」
スミレの号令と共に船団は陣形を崩し攻撃の回避に入る。
そのお陰か撃沈は免れたが一隻小破する。
「ほう、直ぐに回避運動に出るとは・・・外見や口調にだまされると痛い目を見る典型例のようですね」
天馬に跨り、一隻撃沈、一隻小破させた張本人であるメドゥーサは上空よりスミレを見やり外見に見合わぬ有能さにいささか舌打ちをしていた。
彼女自身もそののほほんとした外見にに騙されたのだから苛立ちもひとしおだった。
しかし、苛立っても始まらない。
決戦が始まる寸前、イギリス海峡に突入した正体不明の船団の発見の報を聞き偵察と敵であるならば攻撃の任に就く事を自ら志願し、敵を発見した以上これ以上の進軍は止めなければならない。
だが、当然だが一人でどうにかなる数でもなく、天馬に固定させて置いた小型の通信機を使い現在位置と現状を手短に伝え援軍を求める。
「これで良し・・まあ各地の戦況が戦況です。来るかどうかは判りませんが」
そう言ってから海上の船に乗るスミレを見やる。
スミレは何を考えているのか、それとも何も考えていないのか、その表情には焦りも怒りも敵意すらも何もない。
ただぼけっとして自分を見ているだけだった。
「・・・何を考えているかわかりませんが、ここより先は行かせません。お覚悟を」
「・・うーん、敵みたいだからぁ〜全軍攻撃開始ぃ〜」
それと同時にメドゥーサ対『六王権』軍海軍の死闘、後に『イギリス海峡海戦』と呼ばれる『蒼黒戦争』最後の海戦の幕は切って落とされた。
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